KEN ISHIKAWA BIOGRAPHY

それは、創作、表現、そして病魔との戦い

幼少の頃から実際に存在しないもの「創作」に興味を持ち
イラストを好んで描き始める。
特に水彩画では小学2年の時に描いた絵がパリの展示会に出展され表彰される。

13歳の頃AMラジオから流れてきたTHE BEATLESに衝撃を受けGUITARをはじめる。
その後アナーキーやスターリンなどに影響を受け、 PUNKにも興味を示しだす。

そして、第一の病魔が襲い掛かる。

中学3年の終わりにギターを弾いていると腹部に今まで感じたことのない
痛みが走った。
翌日に即手術となった。
胃に穴が開き腹膜炎も併発していた。

病気の為少し遅れて入学した高校1年ぐらいになるとBANDを結成し、
RCサクセションなどのコピーを始める。
この頃から忌野清志郎や遠藤ミチロウから影響を受けメイクにも興味を持ち出す。

同時にこの頃、Deep Purpleのライブ音源を聞きリッチーブラックモアや
イアンギランに関心を持ち出す。
Deep Purpleのマシンヘッドやライブインジャパンを取りつかれたように
コピーし始める。
Led Zeppelin、Queen、Van Halen、TOTOなどのHard Rockを聞き始めたのも
この頃から。

その後BLOW UPというOriginal BANDを結成し、 関西を中心にLIVE活動を始める。

その頃まではGUITARを担当していたが、 良いVOCALISTに出会えず、GUITAR&VOCALをやり始める。

その頃GUITERに弦を2本しか張らずにLIVEをやりきるという驚異の2本弦奏法をこなしていた。
これには周りの人々はさすがにビックリしていた。
しかし、やはりGUITARかVOCALのどちらかに専念したいという事で
GUITARISTの方が周りにいっぱいいたのでVOCALに専念する事になる。

1987年9月29日
VATHOKIJA(ヴァソキヤ)結成。(member=KEN,SHI-JA,KYO,MASA)

しばらく活動するがSHI-JAがGargoyleに加入するため脱退。
代わりに元GargoyleのREAL JACKが加入。
その後活動を続けるもそれぞれの音楽性の違いなどにより惜しまれつつも解散。

これまでのVATHOKIJAで残された音源
「VIOLENCE OF THE WILD / DON'T STOP ME」
「BREAK THE DISTURBANCE」
「ENIGMATIC CONNECTION / CORRUPT BLOOD」
は現在入手不可で貴重なものとなっている。
中でも「ENIGMATIC CONNECTION / CORRUPT BLOOD」はプレミアが付き
高額な値段で取引されていた。

その後、STEPPEN THE BLUEを結成。
アルバムPOIZON LOVERをリリースし、インディーズチャートを震撼させ、
しばらく活動するが様々な理由で解散。

その後、CLUB MUSICに目覚め一人で創作活動を始める。

CLUB MUSIC雑誌GROOVEなどで取り上げられ注目を浴びだす。

その頃第二の病魔に襲われる。

ある日、朝起きたら全く顔の右半分が動かなくなる。
原因不明の顔面麻痺である。
その後完治するが、今もなを若干後遺症はある。

間もなく第三の病魔が襲い掛かってくる。

パニック障害。
その日、気分が悪いので病院に行って、
薬を待っている時に気を失い倒れてしまった。
この病気はアーティストに多い病気だと言われている。

そうこうする間にVATHOKIJA Original memberの 屍忌蛇と再会し
VATHOKIJAを再結成。

(member=KEN石川、屍忌蛇、NABE,TOBBY) 現在も活動中。

その頃第四の病魔に襲われる。

胃癌。
手術するまで助かるかどうか解らなかった。
正直、本人は死ぬんだと覚悟していた。
でも、なんとかそれも乗り越えて現在も生きている。
その時思ったのは「人間っていつ死ぬかなんてわからないな。それなら、やりたい事を貫き通すしかないな。」という答えであった。

その思いから、VATHOKIJAと並行しNAKED SPYをソロプロジェクトとして2010年に始める。

FIRST MISSIONをリリース。
その中から雑誌WE ROCK Vol.21の付録CDにDOOMS DAYが収録される。

同時にボーカロイドやイラストにも本格的に取り組みだす。

その後メンバーを集め2011年8月にNAKED SPYとしてのファーストライブを行う。

それからのBAND活動はNAKED SPYのホームページでご覧ください。


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